今回紹介するのはBo Rothstein "Creating Political Legitimacy: Electoral Democracy Versus Quality of Government"という論文。前回の記事では「政府の質」の定義について紹介したので、今回は、なぜその「政府の質」というのが重要なのか、を分かりやすく論じている論文を取り上げる。
何が政府の正統性を生み出すのか。人々が政府を正統だと見なすのはどんな場合か。多くの人の頭にまず浮かぶのは、民主的な選挙によって代表が選出されるからこそ、政府は正統となる、という考えだろう。民主主義が政府の正統性を支えている、というのは、規範的政治理論の分野でも広く支持されている見解だ。だがロススタインは、実証的研究に基づきながら、政府の正統性にとって重要なのは、選挙のような「インプット面」よりも、むしろ行政という「アウトプット面」だと論じている。
1 イントロダクション
- ブッシュ政権はイラク介入において、民主的な選挙を実施すれば正統な政府を確立できると考えていたが、結果は惨憺たるものだった。民主的選挙こそが政府の正統性を支えている、との見解は本当に正しいのだろうか。
- 正統性を生み出す方法として、ここでは2つのやり方に注目する。1つは、政府が市民の活動を調整して公共財を供給し、共通利益に貢献するという方法。もう1つは、指導者を選挙で民主的に選出するという方法。
- 本稿では、民主的な選挙こそが正統性を生み出す主要な装置だ、という見解に異議を唱える。民主的選挙はもちろん大事だが、選挙が正統性に果たす役割は過大評価されている。正統性は、政治のインプット(権力へのアクセス)の側ではなく、アウトプット(権力の行使)の側で、創出され、維持され、破壊される。
- 政治のインプット面を正統化する原理が政治的平等ならば、政治のアウトプット面を正統化する原理は「不偏性」。これは、権力行使において、市民を自身との関係性や好みに基づかず扱うこと。不偏性は、法の支配を包摂し、裁量権力の行使にも適用される広い概念である。政府の権力行使が不偏性に系統的に違反するとき、正統性は失われる。
2 選挙は正統性を促進するか?
- 民主的選挙が正統性を創り出すという見解の背景には、様々な考え方がある。第1に、自由選挙や1人1票の原則は、政治的平等の原理を表現している。第2に、選挙では最終的に多数派が決定権を握る。第3に、敗者にも次の選挙で勝者になる機会が与えられる。
- しかし、民主的選挙が人々の意思を(少なくとも漸近的には)明らかにする、という考えは疑わしい。そもそもルソー的な一般意思など存在するのか。部族やクランが重要な政治単位となっている社会では、人々の意思を一意に確定することなどできない。発展した民主主義国ですら、人々の意思が極めて不安定で移ろいやすいことはよく知られている。
- ノルウェーで、民主主義がきちんと機能しているかを調べる大規模な調査があった。その結果は芳しくなく、ノルウェーにおいて民主主義はそれほどうまく機能していないという。このようなことはノルウェーに限らない。民主主義はグローバルなレベルでますます広まっているが、民主的な政治制度への不信は高まっている。国民の意見と議員の見解の一致度は低く、サイコロを振った方がマシなほどだ。さらに、代表が民主的に選出される政府機関より、代表が非民主的に任命される政府機関の方が、信頼度が高い。*1
- しかし、ノルウェーで民主主義がうまく機能していないとしても、ノルウェーが危機に陥っているとは到底言えない。より一般的に言って、現実に存在するあらゆる民主主義国は民主主義の理念を実現できていないが、にもかかわらず大きな危機が起きているとは言いがたい。
- 以上のことが示すのは、民主主義、選挙、人々の意思とは別の要素が、政府の正統性にとって重要であるということ。
3 少数派の問題
- 民主的選挙は、多数派の利害を明らかにして実現することができていないだけではない。少数派にとっても、民主主義は正統性に貢献していない。
- どんな国にも、未来永劫、選挙に勝つ見込みがない少数派グループが存在する。例えば、フィンランドにおけるスペイン語話者や、北欧諸国における「小さな政府」志向の有権者など。こうした少数派グループは、選挙で勝者になる見込みがないので、政府を正統なものと見なさないようになると思われる。
- だが、こうした少数派グループの政府への信頼度や支持度が低いという証拠は、驚くほど少ない。実際には支持度が高いことも多い。
- そのため、少数派にとっても、民主的選挙は政府の正統性の必要条件ではないようだ。ではなにが政府の正統性を生み出すのか。最も明白な候補は、法の支配や、少数派の権利を保護するルールの存在。だが、これだけでは事態の核心に辿り着けない。
4 何が正統性をもたらすのか
- 正統性の実証研究は難しい。個人が政府に対して不支持や不信の態度を示すとき、それが権力への健全な懐疑なのか、現行政権への不支持なのか、直近のスキャンダルへの反応なのかを見分けるのが困難だからだ。
- しかし、内戦の発生は、政府の正統性の崩壊を示す明らかな例と言えるだろう。例えばユーゴスラビア内戦。この内戦に関しては数えきれないほどの議論が存在するが、1つの見解によれば、セルビア人とクロアチア人の対立が激化したのは、クロアチア国内のセルビア人が政府によって二級市民として扱われ、公的機関から解雇された時点においてであった。この見解によると、少数派(クロアチア国内のセルビア人)は、少数派になったときではなく、差別を受け始めたときに、暴力に訴え始めた。
- 以上が示すのは、正統性にとって重要なのは、政治のインプット面ではなくアウトプット面だということ。政策を実行する際に、市民を属性に基づいて差別的に扱う政府は、不偏性から系統的に逸脱している。このような政府は正統でないものと見なされるだろう。
- このことは、考えてみればもっともである。投票が自分の人生に大きく影響する確率は低いが、公立の病院や学校で、自分や自分の家族が差別的な取り扱いを受けることは、現実的な脅威となる。
- ユーゴスラビア内戦は一例に過ぎない。だが、「政府の質」は一般に、内戦の発生の際立った予測因である。政府のパフォーマンスや汚職、差別(の少なさ)こそが正統性にとって重要なのだ。
5 結論
- 民主的選挙(政治のインプット面)こそが正統性を生み出す、という説明は不十分である。正統性の主要な源泉は政治のアウトプットであり、腐敗や差別、その他、不偏性原理への違反がないこと。政治のインプット面にいる政治家よりも、アウトプット面にいる公務員との関わり合いの方が、市民の生活にとっては決定的に重要。行政のあり方は、市民による政治システムの捉え方に強く影響する。
- とはいえ、選挙の前に行政をなんとかせよ、と言っているわけではない。アウトプットにおける不偏性と同じように、インプットにおける政治的平等も重要。
- 本稿の議論が正しいとすると、イラクのような国に民主的選挙を導入するだけでは、正統性を生み出すことはできないだろう。民主的選挙こそが統治システムの正統性を生み出す主要な装置である、という証拠はほとんど存在しない。

*1:ここらへんで引かれている実証研究については論文を確認してほしい。