「ハリー・ポッターと合理主義の方法」個人的備忘録(その1)

 「ハリー・ポッターと合理主義の方法(Harry Potter and the Methods of Rationality)」というのは、エリーザー・ユドコウスキー *1による世界的に有名なハリポタ二次創作小説である。ありがたいことに有志の方による翻訳があり、非常に読みやすい訳文で楽しく読めた。

ハリー・ポッターと合理主義の方法

syosetu.org

 内容を大雑把にまとめると、学者の養父に育てられ理屈っぽくなったハリー・ポッターが魔法界で大活躍する話である。といっても科学と合理的思考を身に着けた少年が異世界で無双する話ではない。読んでいけば分かるが、そもそもハリーはかなり激情型の人間だし、何度も痛い目を見て自身の愚かさを突き付けられる。

 さて、個人的に読み返したくなったときのために各エピソードの内容を簡単にメモっておこうと思っていたら結構たまったので、公開してみることにする。ネタバレ全開なのでその点は気をつけてほしい(特に後半は物語の根幹に関わるかなり決定的なネタバレがある)。特に印象に残ったシーンは引用しているので、個人的な名場面集にもなっている*2

 ちなみに筆者は本家ハリー・ポッターにも昔ハマっていたが、今となっては細かいことはよく覚えていないので、二次創作としてグッとくるポイントとかは特に挙げ(られ)ない。本家を読んで(観て)なくても「合理主義の方法」は楽しめると思う。

 なお、長いので3つのエントリに分けている。続きは順次公開予定。

 

「合理主義の方法」編

 

1章「非常に低確率の日」

 ホグウォーツ入学案内の手紙がマグル世界のハリーの家に届く。

 

2章「ぼくが信じてきたことはすべてうそ」

 マクゴナガル先生がハリー家にやってくる。ハリーはホグウォーツ入学を決める。

 

3章「現実とその代替候補を比較する」

 マクゴナガル先生と学校用品の買い物。自身が魔法界では知らぬ人のいない有名人であることを知る。

 

4章「効率的市場仮説」

 買い物続き。グリンゴッツ銀行。魔法世界とマグル世界での裁定取引を思いつく。

 

5章「基本的帰属錯誤」

 買い物続き。マルフォイ親子と遭遇。

 

6章「計画錯誤」

 買い物続き。ヴォルデモートが実は生きているという情報をマクゴナガル先生から引き出す。

 

・マクゴナガル先生との会話。大人に一切ひるまず、逆に大人を試すようなハリーの態度がよく出ている。

……この人は子どもにたてつかれても完全に我をうしなってはいなかった。 気にいらないようすではあったが、怒りを爆発させるかわりに考えていた。不死の〈闇の王〉とたたかう必要がある——ハリーの好意を確保する必要があったというだけのことかもしれない。 しかし、自分より低い地位の人が服従をこばんだとき、ほとんどの大人はそういったことすらも、将来の帰結すらもまったく考えることができない……

「先生?」

魔女はふりむいてハリーをみた。

ハリーは深呼吸をした。いまからやろうとすることには少し怒りが必要だ。さもないとその勇気はでない。 彼女はぼくのいうことをききいれてくれなかった、とハリーはこころのなかで自分に言った。金貨をもっともちだせばよかったのに、彼女はききいれてくれなかった……。 自分の全世界を、マクゴナガルと、この会話を自分の思う方向にかえなければならないという必要性とに集中して、ハリーは口をひらいた。

「百ガリオンあればトランクには十分だとあなたは考えた。 だから、九十七ガリオンまで減ってもぼくに警告しなかった。 ちょうどこういう種類のことを実証した研究があります——多少の許容誤差をもうけてある、と思っている人に、なにが起きるか。 それでも十分悲観的になれていないんです。 ぼくにきめさせてもらえていれば、念をいれて二・百・ガリオンをもちだしていたでしょう。金庫には十分おかねがあるし、あまった分はあとでもどせばいい。でもあなたにそれをゆるしてもらえない、とぼくは思った。質問しただけでも怒られるだろうと。それはただしかったんじゃありませんか?」

「そのとおりだと認めざるをえませんね。ですがもう——」

「こういうことがあるから大人はなかなか信頼できないんです。」 なんとかしてハリーは声を安定させた。 「理屈をとおそうとされただけで大人は怒る。それは反逆であり傲慢であり、部族のなかで高い地位にいる自分たちへの挑戦状なんです。 説得しようとすれば大人は怒る。 だからほんとうに重要なことをしたければ、あなたたちを信頼することはできない。 ぼくの話を関心をもってきいてくれる大人がいるとしても、それは関心をもつ大人という役割を演じているだけであって、ぼくが言ったことにもとづいて実際の行動やふるまいを変えたりはしない。」

店員はいかにも興味津々な様子で二人をみつめていた。

「あなたの視点は理解できます。」とマクゴナガル先生がついに口をひらく。「わたしが厳格すぎるようにみえるとしたら、グリフィンドール寮の長を何千年にも感じるほどながく務めてきたということを忘れないでください。」

ハリーはうなづいて話をつづけた。「なので——もしグリンゴッツにまたいかなくても金庫からガリオンをとりだす方法があるとしたら、ただしぼくが従順な子どもという役割に反するふるまいをする必要があるとしたら、どうしますか。 あなたを信じてもいいですか? それを有効にはたらかせるためには、あなたはマクゴナガル先生という役割からいったん離れなくてはならないとしても。」

「え?」

「言いかたをかえましょうか。今日これまでに起きたことを変えることができると仮定してみてください。つまり、おかねがたりなくならないようにできるとしたら、かわりに大人に反抗する子どもがいたことになったとしてもかまいませんか?」

「まあ……いいでしょう……」と魔女は困惑したようすで言った。

ハリーはモークスキン・ポーチをとりだして、「ぼくの一族の金庫にもともとあった十一ガリオン。」と言った。

金貨がハリーの手にあらわれた。

一瞬マクゴナガル先生は口をぽかんとあけたが、あごをとじて、怪訝そうな目をして、一言はきだした。「どこからそれを——」

「言ったとおり、一族の金庫からですよ。」

「どうやって?」

「魔法です。」

「こたえになっていません!」と言いかえして、マクゴナガル先生は言葉をきり、まばたきをした。

「なっていませんよね? ぼくは実験をしてこのポーチには実は真の秘密があることを発見して、適切な呼びかたをしさえすれば、なかにあるものだけでなくどこからでも物品をとりよせられる機能があることが分かったんだと主張してもよかったんですが。 でもほんとうは、金貨の山にたおれこんだときにポケットにくすねた金貨なんです。 悲観主義を理解するひとなら、おかねは突然に、前ぶれも猶予もなく必要になることがあるものだと知っています。 さあ、あなたは自分の権威がこけにされたことで怒りますか? それともこれで重要な任務を達成できることをよろこびますか?」

店員の目が皿のようにみひらかれた。

背のたかい魔女はそのまま、沈黙して立っていた。

「ホグウォーツ内で規律は維持されなければなりません。」とほとんどまるまる一分かけてから彼女は言った。「生徒のために。その一環として、あなたは教員に礼儀と服従しめさなければなりません。」

「わかりました、マクゴナガル先生。」

「よろしい。ではトランクを買ってかえりましょう。」

ハリーは吐くか、歓声をあげるか、卒倒するか、なにかをしたい気分だった。 ハリーの慎重な説得がだれかに通じたのはこれがはじめてだ。 多分それは、大人がほんとうに必要としているものをハリーがもっていたのがはじめてだったからかもしれない。とはいえ——

ミネルヴァ・マクゴナガル、一点獲得。

 ハリーはマクゴナガル先生をバカにする場面もあるが、基本的にはその人間性を信頼しており、(相対的に見れば)評価は一貫して高い。ここもかなり好きなポイント。

 また、「役割を演じること」と「責任を果たすこと」の違いは今後も折にふれて言及されるテーマである。

 

7章「互酬性」

 九と四分の三番。ロンが登場して一瞬で退場する。クディッチをディスる最初の場面。マルフォイとの会話。

 

8章「正例バイアス」

 ホグウォーツへの列車の車中。ハーマイオニー初登場。確証バイアスについて教える。

 

9章「タイトル検閲ずみ(その1)」

 組わけ帽子による組わけ。

 

10章「自己の認識(その2)」

 ハリーと組わけ帽子の会話。レイヴンクローに組わけされる。

 

11章「オマケファイル一、二、三」

 本筋と関係ないおまけ。

 

12章「衝動制御」

 組わけ帽子との会話のその後。

 

・ハリーがときたま周りをバカにするときの感じがよく出てる箇所。なおレイヴンクローはハリポタ世界では知を象徴する寮。

別の生徒が声量をささやき声にまでおとして言った。「ダンブルドアは裏では人をあやつる天才で、いろんなことを操作していて、あの狂気はあやしまれないようにするための偽装なんだそうだ。」

「それはぼくもきいた。」と第三の生徒がささやくと、テーブルの一帯がひそやかにうなづきあった。

ハリーはこれにおもわず注意をうばわれた。

「ということは、」とハリーも声量をおとしてささやく。「つまりダンブルドアが裏で人をあやつっているとだれもが知っていると。」 

その場の生徒の大半がうなづいた。ハリーのとなりの年上の生徒をふくむ一人か二人は急に思案するような顔になった。

ここってほんとにレイヴンクローのテーブルなの?と口にだすのをハリーはなんとか思いとどまった。

「なるほど!」とハリーがささやく。「だれもが知っているなら、だれにも秘密だとあやしまれないね!」

「そのとおり。」と生徒の一人がささやいたが、眉をひそめた。「いや、なにか変だな——」

自分へのメモ:七十五パーセンタイルまでのホグウォーツ生の集団、すなわちレイヴンクロー寮は、世界有数の天才児教育プログラムではない。

 

13章「間違った質問をする」

 学校が始まって1日目。初めての冒険、いじめられているネヴィルを救う。

 

14章「未知と不可知」

 マクゴナガル先生に逆転時計をもらう。さっきの冒険を逆転時計でやり直す。

 

15章「まじめさ」

 初めての転成術の授業など。1日目終わり。

 

16章「水平思考」

 闇の魔術に対する防衛術の初めての授業。クィレル先生の実質的な初登場。

 

・クィレル先生がハリーの「殺意」を指摘するシーン。以後もハリーの思考の危険性を本人が自覚したり他人から指摘されたりする場面はよく出てくる。

クィレル先生の表情は非難めいていたが、目尻に笑みが見えた。「ミスター・ポッター、わたしは一度も『殺せ』とは言っていない。ときと場合によっては、敵は生きたまま捕らえることもある。ホグウォーツの教室という場所は一般にはそれに該当する。だがきみの質問にこたえるとすれば、わたしなら椅子のへりで首すじを殴打する。」

スリザリン生のほうから笑い声があがったが、ハリーといっしょに笑おうとしたのであってハリーを笑いものにしたのではなかった。

スリザリン生以外の全員はむしろ戦慄していた。

「だが、ミスター・ポッターがこの教室で一番危険な生徒な理由は、もう本人がしめしてくれたとおりだ。わたしがもとめたのは、この部屋にあるものを通常でないやりかたで実戦に使う方法だった。たとえば、机を使って呪いをふせぐとか、むかってくる敵を椅子でころばせるとか、腕に服をまいて即席の盾にするとか言う回答も可能だったはずだ。ところがミスター・ポッターはそうせず、防衛ではなく攻撃、しかも致命傷かそのおそれがある攻撃方法ばかりを言いつらねた。」

え? いや、そんなまさか……。 ハリーは急に目まいをおぼえ、自分がなにを提案したのか思いだそうとした。反例があるに決まっている……

「そして、だからこそミスター・ポッターのアイデアはどれも奇妙で役立たずだった——敵を殺すという目標を満たすために非現実的なまでのやりかたをとらざるをえなかったからだ。彼にとって、その目標を満たさないものはどれも検討にあたいしなかった。このような資質を殺意とでもよぼうか。わたしにはそれがある。ハリー・ポッターにもそれがある、だから彼は五人の年長のスリザリン生をにらみたおすことができた。ドラコ・マルフォイにはそれがない、いまのところは。通常の殺人をかたることをおそれたりはしないミスター・マルフォイでさえ、ミスター・ポッターが同級生のからだを素材として使う話をしたとき、ショックをうけていた——いや、うけていたよ、ミスター・マルフォイ、わたしはきみの表情をみていた。諸君はあたまのなかに検閲があって、そういった考えにしりごみさせられてしまう。ミスター・ポッターは純粋に敵を殺すことを考え、そのためにあらゆる手段をとる。検閲はとまり、しりごみしない。その若わかしい発想力は奔放で役立たずなまでに非現実的だが、その殺意ハリー・ポッターを〈この教室で一番危険な生徒〉にしている。真の魔法戦士に不可欠な要件をしめしてくれたことについて、彼に最後にもう一点——そうだな、レイヴンクローの点にしよう。」

 

17章「仮説のありかを見つける」

 ホウキ飛行術の授業。ネヴィルの「思いだし玉」を巡って勃発した騒動をハリーが強引に収拾する。ダンブルドアと総長室で話す。

 

・ハリーがダンブルドアに説教する場面。このように、物語の自然な流れでおもしろ思考法読み物やおもしろ科学読み物っぽい話が始まるのも「合理主義の方法」の魅力の1つ。

「あのですね。いま言うべきかどうかもよくわからないんですが……。宇宙がどう機能するのか、ぼくたちは知らないということを認めるとしましょう。そういう自分たちの無知に対処するやりかたとして、あなたの態度はまちがっています。」

「ほう?」と言って老魔法使いはおどろきと落胆の表情をした。

このさきの話をつづけても自分の有利にはたらかなさそうな気がしてはいたものの、ハリーはつづけた。 「この錯誤に正式な名前があるかどうかも知らないんですが、ぼくが名づけるとしたら、『仮説の特権化』とでもいうべきものです。 どういう形式にすればいいかな……うーん……たとえば、百万個の箱があって、そのうちひとつだけにダイアモンドがはいっていると思ってください。そして別の箱にダイアモンド検出器がたくさんはいっていて、どの検出器も、ダイアモンドがあれば鳴り、ダイアモンドがないときは五割の確率で鳴ります。 二十個の検出器を全部の箱にかければ、平均的にいって、偽の候補がひとつと真の候補がひとつのこります。 そこであとひとつかふたつだけ検出器をつかえば、真の候補のほうをのこせます。 なにが言いたいかというと、こたえの候補が非常にたくさんあるとき、ほとんどの証拠は、百万個の可能性のなかからただひとつの真の仮説のありかをみつけるために——自分の注意をむける相手としてのこすために——つかわなければいけないということです。 それとくらべて、もっともらしい候補ふたつやみっつのなかからひとつを選ぶのに必要な証拠の量は、ずっとすくない。 だから、もしそれを省略して、証拠なしに特定の可能性にだけ注意を集中させてしまったら、ほとんどの仕事をすっとばしていることになります。 まるで、百万人の住人がいる都市で殺人が起きたとき、探偵が『まだ証拠はまったくないけれど、モータイマー・スノドグラスが犯人だという可能性を検討しないか?』と言うようなものです。」

「実際犯人だったと?」とダンブルドア

「いえ。 でもあとで犯人の髪は黒いということがわかり、モータイマーの髪は黒でした。それでみんな、ああ、やっぱりモータイマーがやったんだな、と思いました。 うたがう十分な理由なしに警察が彼を注意をむける対象としたのは不公平です。 たくさんの可能性があるときは、労力のほとんどは真のこたえのありかをみつけることだけ——注意をむけはじめることだけにそそがれます。 証明とか科学者や裁判所が要求する正式な証拠とかは必要ありませんが、なんらかの手がかりは必要です。その手がかりは、特定の可能性をほかの百万の可能性からきわだたせるものでなければならない。 そうせずに、ただしいこたえをどこからともなくとりだす、なんてことはできない。 検討にあたいする候補をどこからともなくとりだす、なんてこともできない。 ぼくのお父さんの岩を持ちあるく以外にできるほかのことは百万個はあるはずです。 ぼくが宇宙について無知だからといって、不確実性があるときに推論をするやりかたをぼくが知らない、ということにはならない。 可能性について考えるときの法則は、古典的な論理を支配する法則とおなじくらい強固です。そしてあなたがいまやったことは許されない。」 ハリーはことばを切った。 「ただし、もちろん、あなたが言いそびれた手がかりがあるのなら別ですが。」

「ああ……」 ダンブルドアはほおをたたいて、思案するような顔をしている。 「なるほど、おもしろい論理じゃが、百万人の犯人候補のうち一人だけが殺人をおかしたというのを、たくさんの行動の選択肢のうちひとつをとることの比喩にしたところで破綻してしまってはいないかな? 賢明な行動の選択肢はひとつとはかぎらないのでは? お父さんの岩を持ちあるくことが唯一のよい行動だとは言わん。ただ、持ちあるかないよりも、持ちあるいたほうが賢明というだけじゃ。」

 ところでこういうフィクションを他にも色々読んでみたいのだが、何かあるだろうか。吉野源三郎君たちはどう生きるか』は序盤だけ一瞬そんな雰囲気になるが、個人的には全く期待外れだった。

 

18章「集団内の序列」

 薬学の授業。生徒をいじめるスネイプとバトル。逆転時計を使ったトリックで皆を唖然とさせる。処罰を受けそうになるが、逆にダンブルドアらの弱みを見つけて渡り合う。

 

・ハリーがスネイプとバトルするシーン。このシーンに限らず、バトルになると大人びた話し方になるところと、たがが外れて暴走し常軌を逸した手段をとろうとする子どもっぽさの共存が面白い。

「ところで、」と絶対零度より冷たい声が言う。「虐待をする教師に対して正式に抗議を提出するにはどうやればいいのでしょうか? 副総長に面会するのか、理事会に書面で送るのか…… その方法を教えていただけますか?」

教室が完全に凍りついた。

「一カ月の居残り作業を命ずる、ポッター。」とセヴルスが、さらに笑みを顔にひろげて言った。

「ぼくはあなたの教師としての権威を承認しない。あなたから命じられた処分はうけない。」

全員が息をとめた。

セヴルスの笑みが消えた。 「ならば、おまえは——」と、その声が途中でとぎれた。

「退学、ですか?」 ハリーのほうは薄ら笑いをうかべていた。 「でもあなたは、自分にその脅迫を実行する権限がないかもしれないと疑っている、あるいは、できたとして、どういう報いをうけることになるか恐れているようだ。 ぼくのほうは、こんな虐待をする教師のいない学校がみつかるみこみを疑ってもいないし恐れてもいない。 いや、ぼくがいつもそうしていたように、個人的に教師をやとって、目いっぱいの学習速度で教えてもらってもいい。 それにたりるだけのおかねが金庫にある。 〈闇の王〉をたおした賞金かなにかで。 でもホグウォーツには好ましい教師もいるから、あなたを追いだす方法をみつけるほうがよさそうだ。」

「わたしを追いだす?」と言ってセヴルスも薄ら笑いをしはじめた。 「愉快なうぬぼれだ。どうやってそんなことをするつもりだね?」

「ぼくの理解では、あなたについては複数の生徒と保護者から抗議がでている。」……というのは勘だが、まずまちがいないだろう。 「となるとなぜあなたがまだここにいるのかが不思議でならない。 ホグウォーツはまともな〈薬学〉教授をやとえないほど金銭的に困窮しているのか? そうなら、ぼくがカンパしてもいい。 二倍の給料をだせば、きっとあなたよりはましな水準の教師をみつけられると思う。」

〔中略〕

ハリーは手をポーチにいれて、「マーカー」と言おうとしたがもちろん声がでなかった。 そこで一瞬とまったが、MARKERという文字を指で書いてみることを思いついてやってみると、うまくいった。 PADと書くとメモ帳がでてきた。 彼はもともといた机とはちがう空席に机まで歩いていき、みじかいメッセージを走り書きした。 その一枚をちぎり、マーカーとメモ帳を簡単にとりだせるようにローブのポケットにいれ、スネイプではなくほかの生徒にむけて、そのメッセージをかかげた。

 

ぼくはここを出る

ほかにだれか

出ていく人は?

 

「おまえは狂っている。」と冷たくさげすむような声でセヴルスが言った。

ほかのだれも、ことばを発しなかった。

ハリーは教卓にむけて皮肉っぽい会釈をし、壁のほうに歩き、なめらかなうごきでクローゼットの扉を引っぱり、そのなかにはいると、バタンと扉をしめた。

うちがわでだれかが指をならす音が一度してから、無音になった。

教室では、生徒たちが困惑と恐怖の表情でおたがいを見あった。

〈薬学教授〉はいまや完全に激怒の表情をしている。 彼はおそろしげな歩調で教室のむこうがわにいき、クローゼットの扉を引っぱった。

クローゼットは、からっぽだった。

 

・ハリーが効果的なタイミングで指をパチンと鳴らして伝説を作るシーン。大好きなシーンなので引用。

「諸君、こちらに注目してもらいたい。」とダンブルドア。 「ハリー・ポッターから、みなに一言あるそうじゃ。」

ハリーは深呼吸をして立った。 全員注視のなか〈主テーブル〉まで歩いた。

ハリーはふりむいて、四つのテーブルを見わたした。

笑顔をおさえるのがどんどんむずかしくなっていくが、暗記した短いスピーチをするあいだ、ハリーは無表情を維持した。

「真実は神聖です。」とハリーは単調に言う。 「ぼくがこのうえなく大切にしているボタンには、『真実を語れ、声が震えようとも』と書かれています。 これから言うのは真実です。 それを忘れないでください。 ぼくは強制されて言うのではありません。真実だから言うのです。 スネイプ先生の授業でぼくがしたことが、愚かで、ばかげていて、子どもじみていて、ホグウォーツの校則に違反していたことに弁解の余地はありません。 教室の雰囲気をみだし、生徒のみんなからかけがえのない学習時間をうばってしまいました。 すべての原因はぼくが冷静さをうしなったことです。 どの生徒もこれを見本としないようにしてもらいたいと思います。 ぼくも二度とおなじことはしません。」

ハリーに注目していた生徒に、厳粛そうな、不満そうな表情が多くあらわれ、戦いにたおれた戦士を悼む儀式の出席者のように見えた。 グリフィンドールの低学年の一群ではほとんど全員がその表情だった。

ハリーが片手をあげるまでは。

あまり高くではない。 高すぎれば、なにかをふせごうとするように見えるかもしれない。 セヴルスにむけてあげたのでもない。 ハリーはただ胸の高さまで手をあげ、軽く指をならした。聞かせるというより見せるしぐさだ。 〈主テーブル〉の大半からはまったく見えなかったのではないだろうか。

この抵抗のしぐさらしきものを目にして、低学年の生徒とグリフィンドール生は突然笑みをうかべ、スリザリン生は冷淡かつ傲慢そうに嘲笑し、そのほかの生徒は眉をひそめ心配そうな顔をした。

ハリーは無表情を維持した。 「以上です。」

「ありがとう、ミスター・ポッター。 つぎにスネイプ先生からも一言あるそうじゃ。」

セヴルスは〈主テーブル〉の自席で立ちあがった。 「ミスター・ポッターの癇癪に弁解の余地がないことはあきらかだが、わたし自身の行為も一部挑発的な部分があったとの指摘をうけた。その後の議論をへて、わたしはおさなく未熟な者の感情がいかにたやすく傷つくかを失念していたことに気づいた——」

のどをつまらせるのを我慢する音があちこちから同時にきこえた。

セヴルスはそれがきこえなかったかのようにしてつづけた。 「〈薬学〉教室は危険な場所であり、厳格な規律がかかせないとの認識にかわりはない。しかし、わたしも今後は四年次以下の生徒諸君の……傷つきやすい感性に……注意をはらうことにしよう。 レイヴンクローの減点はいまも有効だが、ミスター・ポッターへの居残り作業処分は取り消す。 以上。」

グリフィンドールの方向からひとつ拍手があったが、電撃よりはやくセヴルスが杖を手にして「クワイエタス!」と言って犯人を沈黙させた。

「規律と敬意はこれからもわたしの全・授業で要求する。」とセヴルスは冷ややかに言う。「そしてつまらぬ邪魔をした者は後悔することになるだろう。」

彼は着席した。

「ありがとう!」とダンブルドア総長が愉快そうに言った。「では昼食再開!」

そしてハリーは無表情のまま、レイヴンクローの自分の席へと歩いてもどった。

会話が爆発した。まず、ふたつのことばがはっきりとききとれた。 ひとつ目は「何」で、「何が起きて——」や「何でこんな——」など、さまざまな文章がつづいた。ふたつ目は「スコージファイ!」という、生徒たちが自分自身やテーブルクロスやほかの生徒にこぼした食べものや飲みものを掃除するためのことばだった。

公然となみだする生徒もいた。スプラウト先生もそうしていた。

火のついていない五十一本のろうそくの乗ったケーキが待つグリフィンドールのテーブルでは、フレッドがささやき声で、「あれはおれたちより一枚うわてかもしれないな、ジョージ。」と言った。 

その日以降、ハーマイオニーがいくら説明しようとしても、ハリー・ポッターが指をならすことでなんでも起こせるということは、ホグウォーツの伝説として定着した。

 

19章「報酬の遅延」

 クィレル先生の授業。スネイプとの一件を受けて、ハリーは負け方を知るための訓練をさせられる。

 

・クィレル先生が負け方を知ることの重要性を説くシーン。ここのハリーとクィレル先生の掛け合いは「合理主義の方法」でも屈指の名場面だと思う。

「わたしが実演したきわめて重要な技術とは、負けかただ。 ありがとう、ミスター・ゴイル。さがってよろしい。」

ミスター・ゴイルはだいぶ混乱した様子で教壇を去った。 ハリーもおなじ気分だった。

クィレル先生は歩いて机のところにもどり、またそこにもたれた。 「人間は、あまりに昔に学んでいる一番基本的なものごとを見おとしてしまいやすい。 わたしも授業計画をつくりながら、おなじことをしてしまっていた。 投げる方法を教えるのは、受け身を教えてからでなければならない。 戦闘法を教える前段階として、まずは負けかたを理解させなければならない。」

〔中略〕

ハリー・ポッター。」とクィレル先生。

「はい。」とハリーがかすれた声で言った。

正確にはきみは今日なにに失敗した?」

ハリーは吐きそうな感覚をおぼえた。 「冷静さをたもてませんでした。」

「それは正確とはいえない。」とクィレル先生。 「もっと的確な説明をしよう。 おおくの動物に、序列順位のあらそい、と呼ばれるものがある。 彼らは角でたがいを——殺すためでなく屈服させるために——攻撃したりする。 あるいは肢を振りまわして——爪はださずに——攻撃しあったりもする。 だがなぜわざわざ爪をしまうのか? 爪をつかえば、勝つ可能性をあげられるはずでは? しかし自分が爪をだせば相手も爪をだす。そうなってはもはや、勝者と敗者で序列順位を決定する試合ではなくなってしまう。両者が大けがを負うおそれさえある。」

クィレル先生の視線は端末の画面からハリーに直接むいているようにみえた。 「ミスター・ポッター、きみが今日披露したのは——爪をしまったままで勝敗をうけいれる動物とちがって——きみは序列順位のあらそいにおける負けかたを知らない、ということだ。 ホグウォーツ教授に挑発されたとき、きみは退却しなかった。 負けそうになると、危険をかえりみず、爪をだした。 きみは事態を拡大させ、さらにもう一度拡大させた。 ことは、きみよりもあきらかに序列が上のスネイプ先生からの侮辱ではじまった。 きみは負けようとせず、侮辱をかえし、レイヴンクローの点を十点うしなった。 ほどなくして、きみはホグウォーツを去ると言いだした。 そこからさらに、なんらかの知られていない方向にきみが事態を拡大させ、どうにかして最終的に勝ったのだとしても、きみが愚かであることにかわりはない。」

「わかっています。」 ハリーののどが乾燥してきた。 いまのは正確だった。 おそろしく正確だった。 クィレル先生にこう言われて、ふりかえってみると、いまのはまさにあのできごとの的確な説明だった。 だれかが自分についてつくったモデルがこれほどよくできているなら、その人が言うほかのこともただしいかもしれないと思いたくなる。たとえば殺意とか。

次回、負けまいとして対決を拡大させたとき、きみはテーブル上の賭け金をすべてうしなうかもしれない。 きみが今日なにを賭けたのかはわからないが、 おそらくうしなった寮点十点と比べて、はるかに高すぎる賭け金だったのはわかる。」

ブリテン魔法界の運命とか。それくらいのことをやってしまった。

「きみはホグウォーツ全体を救おうとしていたのだと抗議するだろう。リスクのおおきさ以上に、立派な価値のある目的があったと。それはうそだ。もしそれが目的なら——」

「ぼくは侮辱をうけとめて、待って、反撃に最適な機会をえらべばよかった。」 ハリーの声がかすれてきた。 「でもそれは敗北になる。 相手を上に立たせることになる。 ちょうど、教えをうけようとしていた師範を相手に〈闇の王〉ができなかったことも、それだった。」

クィレル先生がうなづいた。 「完璧に理解してくれているようだ。そこで、今日はきみに、負けかたをまなんでもらう。」

 

20章「ベイズの定理」

 負け方を知る訓練のその後。ハリーとクィレル先生の会話。クィレル先生が魔法で星々の映像を見せてくれる。閉心術の授業をすることになる。

 

21章「合理化」

 ハーマイオニーと教科書を読む競争に負けてデートをさせられる。マルフォイの純血主義的で差別的な考えに変化をもたらすため、2人で「ベイジアン陰謀団」を結成。ちょうどホグウォーツに来て1週間。

 

・マルフォイに科学の方法を教えようとするハリー。マルフォイ、そして純血主義者の危険な考え方を変えさせようとする試みは物語全体のメインの軸の1つ。

「ぼくはきみにちからを与えよう。」と人影が言う。「そしてちからとその対価について話そう。 そのちからは現実のかたちを知りそれを支配できるようになることからくる。 理解できたものには、命令することもできる。そのちからが月面をあるくことを可能にする。 そのちからの対価は、〈自然〉に質問をする方法をまなばなければならないこと、そしてはるかに難しいのは、〈自然〉からの回答をうけいれることだ。 実験をして、試験をして、なにが起きるかをみる。 きみがまちがえたとその結果がつげたときは、その意味をうけいれなければならない。 きみはいかに負けるかをまなばなければならない。ぼくにではなく、〈自然〉に負けるんだ。 ドラコ・マルフォイ、きみはこれを苦痛に感じるだろう。きみがその面で強いかどうかはぼくにはわからない。 この対価を知って、きみはまだ人類のちからをまなびたいと思うか?」

ドラコは深く息をついた。 すでにこのことについては考えていた。 ほかのこたえをすることは考えられなかった。 ハリー・ポッターと親交をふかめるあらゆる手だてをとれ、とすでに指示されてもいる。 これはただ学ぶだけだし、なにかをすると約束するわけじゃない。 レッスンを受けるのをやめることはいつでもできる……

〔中略〕

「じゃ、これはなしにしよう。 数学はいずれ学ぶことになるけど、すぐでなくてもいいと思う。 三つ目は遺伝と進化と継承、つまりきみのいう血統について——」

「それだ。」

人影がうなづく。 「そう言うだろうと思っていた。 けれどこれはきみにとって一番つらい道かもしれないよ。 きみの家族、友人たち、純血主義者たちが言っているのと反対のことを実験が示している、とわかったらどうする?」

「そのときは、実験にただしいこたえを出させる方法をみつけてみせる!」

会話がとぎれ、人影はその場でとまって、口をあけたまましばらく立っていた。

「あの……そういう仕組みじゃないんだよ。 まさにそのことをぼくは警告しようとしていたんだ。 自分の好きなようにこたえを出させる、なんてことはできないんだ。」

「好きなこたえを出させることはいつでもできるさ。」  家庭教師は一番はじめに、これをおなじことをドラコにおしえてくれた。 「適切な説得方法をみつければいいだけだ。」

「ちがう。」と言って、人影がいらだちから声をあげる。「ちがう、ちがうんだ! そんなことをしたら間違ったこたえを得てしまう。それじゃ月にはいけないよ! 〈自然〉は人間じゃない。〈自然〉をだましてほかのことを信じさせることはできない。月はチーズでできているって月に言いきかせようとして何日かけても、月は変わらないよ! きみが言ったのは合理化だ。たとえば紙一枚からはじめて、いきなり一行目から一番下の結論まで飛んで、インクで『したがって月はチーズでできている』と書いて、それからもどってあの手この手の小手先の論法を書いていくようなものだ。 でも月はチーズでできているか、いないかのどちらかだ。 一番下の結論を書いた瞬間に、それが真であるか偽であるかはきまっている。 その紙全体の結論がただしいかまちがっているかは、きみがそこを書いた時点で固定されるんだ。 二個の高級トランクのどちらかをえらぼうとしていて、きみはぴかぴかのほうが好きだったとしたら、それを買うことを支持するどんな論理をもってきても関係ない。きみがどちらを支持するかをえらぶために使ったほんとうのルールは『ぴかぴかのほうをえらべ』なんだ。そしてそのルールがいいトランクをえらぶルールだったかどうかに関係なく、きみはぴかぴかのほうをとってしまう。 理性は固定されたがわを支持するために使ってはならない。理性を使うのはどちらのがわを支持するかを決めるときだけだ。 科学はだれかに純血主義はただしいと説得するためのものじゃない。 それは政治だよ! 科学のちからは議論で変えることができない〈自然〉の真のすがたを知ることにある! 科学が教えてくれることはただ、血統がほんとうはどう機能するのか、魔法族が両親からほんとうはどうやって能力を継承するのか、マグル生まれは実は純血より弱いのか強いのか——」

 

 

「教授のゲーム」編

 

22章「科学的方法」

 ハーマイオニーと魔法に関する実験。マルフォイと決闘に関する検証。マルフォイが徐々に科学的姿勢を身に着けていく。

 

・魔法に関する実験。魔法界の常識を疑うだけでは済まさず、実際にハーマイオニーに協力してもらって自分の仮説をテストするというのがいかにもハリーらしい。

ここにくるまえにハリーは魔法の本質についてしばらく考え、魔法族が魔法について信じていることの事実上すべてがまちがいだという仮定にもとづいて一連の実験を設計しておいた。

『ウィンガーディウム・レヴィオーサ』をちょうどそのとおりに言わないとものを浮遊させられない、なんてありえないだろ? だって、『ウィンガーディウム・レヴィオーサ』だぞ? 宇宙はだれかが『ウィンガーディウム・レヴィオーサ』をただしく言ったかどうかをチェックしていて、そうでないときは羽ペンを浮かばせてくれないとでも?

いや、真剣に考えてみればもちろんそんなはずはない。 だれかが、もしかするとほんものの幼稚園児が、そうでなくても英語圏の魔法使いのだれかが、『ウィンガーディウム・レヴィオーサ』というのがぱたぱたしてふわふわしてる感じがすると思って、この呪文をはじめて使ったときにそう言ったんだ。 そしてみんなにそのことばが必要だと教えたんだ。

だが(ハリーの推論では)そうでなければならないはずはない。宇宙にそれが組みこまれているわけではない。それは自分に組みこまれているのだ。

〔中略〕

本には、呪文をかけるためにぴったりとたどらなくてはならない複雑な手順のことがたくさん書かれている。 そしてハリーがたてた仮説では、こういった指示にしたがう過程、ただしくしたがっているかをチェックする過程が、おそらくなんらかの役目をはたしている。 そのひとを呪文に集中させる効果がある。 杖をふってなにかを願うというだけではおそらくそれほどうまくいかない。 そしてひとたびその呪文があるやりかたで発動するものだと信じて、そのやりかたで練習をすると、ほかのやりかたでも発動するのだとは思いこめなくなる……

……単純であると同時にまちがった方法、つまり、自分自身がほかの手順をテストしようとすれば、そうなる。

でも、本来どうやって使う呪文なのかを知らない人がやるなら?

ホグウォーツ図書館にある悪ふざけの呪文の本から、ハーマイオニーがまだ勉強していない一連の呪文をとってきて彼女に教えてやれば、そしてその一部についてはただしい本来の手順を教えて、ほかの呪文についてはひとつ動作をかえたり、単語をかえたりしてやればどうなる? 手順はすべてもとのとおりに教えて、そのかわり、赤いイモムシをつくるはずの呪文を、青いイモムシをつくる呪文だと言ってやったらどうなる?

それが実際やってみて、どうだったかというと……

……ハリーにはちょっと信じがたい結果なのだが……

……『ウーゲリー・ブーゲリー』を、ただしい母音のながさである三対一対二ではなく三対一対一で言うようにハーマイオニーに教えると、コウモリはできるが、光りはしないのだった。

なにを信じるかが無意味というわけではない。 詠唱と杖さばきだけが重要というわけでもない。

呪文の本来の効果について完全にまちがった情報をハーマイオニーにあたえると、呪文は機能しなくなる。

呪文の本来の効果がなんであるかをまったく教えないと、呪文は機能しなくなる。

呪文の本来の効果をとても曖昧な表現で知らせておくか、部分的にだけまちがった理解をさせておくと、本に書かれた本来の効果がでる。彼女が教えられた効果ではなく。

ハリーは、この時点で、煉瓦の壁にあたまを文字どおり打ちつけていた。 強くではない。 貴重な頭脳に損傷をあたえたくはないからだ。 だが、いらだちをどこかに噴出させておかないと、自然発火しそうだった。

ドス。ドス。ドス。

 

23章「信念についての信念」

 ハリーの試みは成功し、マルフォイは純血主義的信念をもはや信じられなくなる。取り乱したマルフォイはハリーに拷問の呪文をかける。

 

・科学的姿勢を身に着けることの代償について語るハリー。

「ドラコ……きみは忘れられない。 わかっていなかったのか? それが犠牲だったということを。」

ドラコは足をふりあげた途中でとまり、ふりむいた。 「いったいなんのことだ?」

そのときすでに、ドラコの背すじには凍りつくようなつめたさがあった。

ハリー・ポッターに言われるまでもなく、わかった。

「科学者になるということ。 きみは自分の信念をうたがった。どうでもいい信念じゃなく、自分にとって重要な信念を。 実験をして、データをあつめて、その結果、自分の信念がまちがっていたと証明された。 きみは結果をみて、その意味を理解した。」 ハリー・ポッターの声がゆらいだ。 「その信念が真であったら、そういう犠牲になってしまうはずはないということを忘れないでほしい。真であれば、実験結果に反証されず、追認されるはずだから。 科学者になることによって犠牲になったのは、血統が混ざって薄くなるという、真でない信念だ。」

うそだ!」とドラコが言う。 「犠牲になんかしていない。 ぼくはまだ信じている!」 声は大きくなり、寒けはひどくなってきた。

ハリー・ポッターはくびをふった。 その声はささやき声になった。 「ドラコ……悪いけど、きみはもう、信じていない。」 ハリーの声がまた強くなった。〔中略〕

〔中略〕

ドラコの呼吸がみだれた。 「なんてことをしてくれたんだよ?」 ドラコはハリーにせまり、ローブのえりをつかんだ。声が悲鳴のようになり、閉鎖された教室と静寂のなかでは耐えがたいほど大きくひびいた。 「なんてことをしてくれたんだ?」

ハリーの声が震えた。 「きみはあることを信じていた。 その信念は真ではなかった、ということをきみはぼくに助けられて知った。 真実はすでに真なのだから、そうだと認めても、ことは悪化しない——」

 

24章「マキャヴェリ的知性仮説」

 ハリーはマルフォイの仕打ちを許し、マルフォイはハリーを憎めなくなる。

 

25章「すぐに答えようとしないこと」

 魔法に関する謎を解くのはなかなか難儀そうだという結論に至る。日刊紙記者でデマを流すリタ・スキーターへのいたずらをウィーズリー兄弟に依頼。

 

26章「困惑を自覚する」

 リタ・スキーターへのいたずらが成功。クィレル先生の食事。

 

27章「共感」

 閉心術の授業。スネイプの頼み?を受けて、いじめられているレサス・レストレンジをネヴィルと一緒に助ける。スネイプがハリーの実父母であるジェームズ&リリーについて語る。

 

・ネヴィルと一緒にいじめっ子退治。ここらへんは俺TUEEE的な快楽がある。

「ハリー・ジェイムズ・ポッター゠エヴァンズ゠ヴェレス、ハリー・ジェイムズ・ポッター゠エヴァンズ゠ヴェレス、ハリー・ジェイムズ・ポッター゠エヴァンズ゠ヴェレス。 そなたの債務と真名のもとにそなたを召喚し、ここに門をひらく。わが呼びかけにしたがい、あらわれたまえ。」

ネヴィルは指をならした。

そして目をあけた。

レサス・レストレンジが彼を見ている。

四人のグリフィンドール生が彼を見ている。

ハンサムな少年が笑いだし、のこりの三人もそれにつられた。

ハリー・ポッターが、そのへんからあらわれるはずだったとか? あーあ。すっぽかされたみたいだぜ。」

ハンサムな少年が威嚇するようにネヴィルにむけて一歩ふみだした。

のこりの三人も足なみをそろえてつづいた。

「オホン。」とうしろで、窓のしたの壁によりかかったハリー・ポッターが言った。 窓は行き止まりにあるから。見られずにそこまでたどりつけるはずはない。

相手が悲鳴をあげるのを見ているのがこれほどいい気分なのなら、いじめをしたがる人がいるのもわかる気がしてきた。

ハリー・ポッターはしずかにまえにすすみ、レサス・レストレンジとのこりの面々のあいだに立った。 赤色のえりのローブを着た少年たちに氷の視線をむけ、ハンサムな少年のところで目をとめた。主犯格だ。 「ミスター・カール・スロウパー、なにかぼくが理解しそこなったことはあるだろうか。 レサス・レストレンジは悪い親のもとに生まれただけだ。仮にそのほかにみずから悪事をはたらいたことがあったとして、きみたちはその悪事を知らない。 ミスター・スロウパー、もし訂正があるなら、いますぐ知らせてほしい。」

ネヴィルは、ほかの少年たちの恐怖と驚嘆の表情を見た。 自分自身もおなじ気持ちだった。 すべてトリックだとハリーは主張してはいた。でもどんなトリックでこれを?

「でもこいつはレストレンジだ。」と主犯格が言った。

「いや、両親をうしなった子どもだ。」と言ってハリー・ポッターはさらに声を冷たくした。

今回はのこりのグリフィンドール生が三人とも、ひるんだ。

「ロングボトム家の名で無実の人をいためつけるようなことをネヴィルはのぞんでいない。そう分かっても、きみたちは止まらなかった。 〈死ななかった男の子〉がそう言ったら、その行動はひどいまちがいだと言ったら、考えを変えてくれるか?」

主犯格がハリーに一歩ちかづいた。

のこりの面々はつづかなかった。

そのうちのひとりが息をのむ。「カール、ここは引いたほうがいいんじゃないか。」

「おまえは次代の〈闇の王〉だと言われている。」と言って主犯格がハリーをじっと見た。

ハリー・ポッターはにやりとした表情をした。 「ついでにジニヴラ・ウィーズリーといいなづけでもあって、二人でフランスを征服するという予言があるんだそうだ。」  笑みが消える。 「ミスター・カール・スロウパー、きみは言われないとわからないようだから、はっきり言おう。 二度とレサスに手をだすな。 手をだしたら、ぼくにはわかるぞ。」

「告げぐちするぞ、と脅迫してるのか?」  ハンサムなグリフィンドール生は声に怒りをこめようとしていたが、ぐらついてもいた。 「告げぐち屋にはみじめな運命が待っているぞ。」

グリフィンドールののこりの二人がゆっくりと戻ってきた。

〔中略〕

ハリー・ポッターは笑いだした。 「笑っちゃうね。 本気でぼくをおどかす気なのか? ぼくを? まさか、自分がペレグリン・デリックや、セヴルス・スネイプや、そもそも〈例の男〉よりもこわいとでも思ってるのか?」

これには主犯格の少年もひるんだ。

ハリー・ポッターが手をあげ、指をかまえると、グリフィンドール生たちは飛びのいた。そのひとりが「やめ——!」

「ここでぼくが指をならせば、きみたちはとんでもなくおかしな話の一部になって、今夜の夕食で失笑される。 でもぼくは、信頼するひとたちにそれをやるなと言われているんだ。 マクゴナガル先生には楽なやりかたをえらびすぎだと言われた。クィレル先生には負ける方法をまなべと言われた。 ぼくが上級生のスリザリン生にわざといためつけられた話は知ってるよね? あれでいい。 きみたちはしばらくぼくをいじめて、ぼくはなにもしない。 ただし、前回の最後の部分、この学校にいるたくさんの友だちに仕返しはするなとぼくがたのんだっていう部分は、今回はなしにする。 じゃあ、どうぞ。 いじめてくれ。」

ハリー・ポッターは一歩まえにでて、両腕をひろげて招くしぐさをした。 

グリフィンドールの三人はばらばらになって走りだし、ネヴィルはそれにぶつからないようにすばやくよけた。

足音が消えていくと、あたりがしずかになり、沈黙がつづいた。

 

・とはいえ「合理主義の方法」で面白いのは、俺TUEEEで終わらず、ハリーが苦い経験をして教訓を得るところ。ハリーはその後、助けたレサス・レストレンジにアズカバンにいる母親を救ってほしいと言われ、救えないと答えると罵倒を浴びせられる。さらにスネイプにジェームズ&リリーの尊敬できない過去について語られ、気分はどん底。その後ハリーは、アズカバンをいつの日か破壊すると決意する。

ハリーは一瞬だけ、自分のママとパパがアズカバンで生命力を吸いとられて、ハリーとの楽しい思い出をすべてうばわれている様子を思いうかべた。その一瞬だけで、ハリーの想像力はヒューズを飛ばし、緊急停止をして、二度とおなじことをやるなとハリーに命じた。

相手がだれであろうと、世界で二番目に邪悪な人物であろうと、そんなあつかいはただしいと言えるか?

いや、ひとつでもほかの手段があるかぎりは、ただしくない、とハリーの本のなかの賢者が言う。

魔法界の司法制度が牢獄ほどには完璧にできていないとすると——もろもろをふまえると、とても完璧なようには思えない——アズカバンのなかのどこかに、完全に無実の人がいる。それも、一人だけではないかもしれない。

目に水分がたまり、ハリーはのどが焼けるような感覚をおぼえた。アズカバンの囚人を全員安全な場所に瞬間移動させて、あの最悪の場所に空中から火を降らせて、岩盤の底まで吹きとばしてやりたい。 でもできない。ハリーは〈神〉ではない。

ハリーは星の光のもとでクィレル先生が言ったことばを思いだした。 ときどき、この不完全な世界がいつになく憎悪にみちて見えるとき、どこか遠くに、わたしがいるべきだった場所があるのではないかと思うことがある…… だが星ぼしはとても、とても遠い…… そして長い、長い眠りにつくとき、わたしはどんな夢をみるのだろうか。

いまこの瞬間、この不完全な世界がいつになく憎悪にみちて見える。

だがクィレル先生のことばはハリーに理解できない。まるで異星人か〈人工知能〉か、とにかくハリーの脳にのせられる動作様式とはまったくちがう方法でつくられたなにかが言うようなことばだった。

アズカバンのような場所がなくなるまで、母星を離れてはならない。

踏みとどまって、たたかいつづけなければならない。

 筆者はここを読んでから、ハリポタ二次創作の皮を被ったおもしろ科学読み物という認識を改めた。

 

28章「還元論」

 カーボン・ナノチューブの転成に成功。思考をどんどんエスカレートさせることで、部分転成術を発明する。

 

29章「自己中心性バイアス」

 クィレル先生の用意した特別課外授業である模擬戦。ハリー、マルフォイ、ハーマイオニーの3人が司令官になる。

 

30章「集団行動(その1)」

 初めての模擬戦。当初はハリー軍とマルフォイ軍の一騎打ちと思われたが、ハーマイオニー軍が両者を出し抜いて勝利。

 

31章「集団行動(その2)」

 ハーマイオニー軍の勝因は、ハーマイオニーが自軍の集合知を利用したことだった。

 

32章「幕間——個人財務管理」

 クィレル先生とクリスマスの買い物。

 

33章「協調問題(その1)」

 冬休み前最後の模擬戦。混迷度合いがエスカレートしていくが、ハリーだけが気にしない。

 

・カオスを楽しんでいる様子のハリー。マルフォイとハーマイオニーを焚きつけて協力を促す。ハリーが人を食ったような態度でいるシーンも愉快で楽しい。

十二月最初の戦闘は……ひどいありさまだった。すくなくとも、ドラコが聞いたかぎりでは。

二回目の戦闘は狂乱状態だった。

そのつぎはもっと悪化する。司令官三人が協力して、今回こそ、それを止める絶望的なこころみを成功させないかぎり。

「クィレル先生、これは狂気です。」とドラコが言う。「もうスリザリン的でもない。これじゃ……」 と言ってドラコはことばをうしない、 両手を無力そうに振る。 「このありさまでは、まともな謀略をはたらかせることなんかできません。 前回の戦闘では、うちの軍で自殺をよそおった兵士が一人いました。 ハッフルパフ生でさえなにかたくらもうとしているんですが、当人はできているつもりで、ぜんぜんできていないのを自覚していない。 なにもかもでたらめに起きていて、もはや、かしこいかどうかも、戦力が上か下かも関係なく……」  ドラコにはもはや表現するすべがない。

「ミスター・マルフォイに同感です。」 グレンジャーは、自分がこんなことを言うのが信じられないというような言いかたで言う。 「裏切りを許すというルールは失敗でした。」

ドラコは自分以外だれも謀略をたくらんではならないと命じたが、謀略が裏でおこなわれるようになっただけだった。ほかの軍の兵士は謀略をしていいのに自分たちができないのは不公平だと思ったのだ。 前回でみじめな敗北を喫してやっと、ドラコはあきらめて、その命令をとりけした。 だがその時点で、兵士たちはみなすでに自分自身の作戦にもとづいて動きはじめていた。中央で管理している人はいない。

各自の作戦を聞きだして、というか各自が自分の作戦と主張するものを聞きだして、ドラコは最終戦に勝つための策をねろうとした。 しかし、三つのことを個別に成功させる、どころではない複雑さだったので、ドラコは紙をインセンディオで燃やし、のこった灰をエヴェルトで消した。父上にあれを見られたら、親子の縁を切られるところだった。

クィレル先生は目を半分とじて、両手の上にあごをのせ、机に身をのりだしている。 「では、ミスター・ポッター。 きみも同調するのか?」

「あとはもうフランツ・フェルディナントを射殺するだけですね。そうすれば〈第一次世界大戦〉になります。」とハリーが言う。 「みごとなまでの混沌状態。ぼくはいいと思いますよ。」

ハリー!」とドラコは純粋にショックをうけて言った。

一瞬あとまで気づなかったが、ドラコがそう言うのとまったく同時に、まったくおなじ憤慨した調子で、グレンジャーもそう言っていた。

グレンジャーはぎくりとした様子でドラコを一瞥した。ドラコは慎重に中立的な表情をたもつ。……迂闊だった。

「そう! 裏切るとも! きみたち両方を裏切るとも! 今回も! ハッハッハ!」

クィレル先生は薄ら笑いをしているが、目はまだ半分とじたままだ。 「そうする理由は?」

「ぼくはミス・グレンジャーとミスター・マルフォイが耐えられないようなカオスにも耐えられるからです。」と裏切り者が言う。 「この模擬戦は零和ゲームですから、絶対的に簡単か困難かは気にしてもしょうがない。相対的に上をいければいいんです。」

ハリー・ポッターは物おぼえがよすぎる。

クィレル先生の目がまぶたの下でドラコの方向をむき、それからグレンジャーの方向をむいた。 「実のところ、この破滅が最高潮に達するのを止めてしまっては、わたしは自分を許せそうにない。 きみたちの兵士のなかにはすでに、四重スパイになった者さえいる。」

四重?」とグレンジャーが言う。「でも陣営は三つしかありません!」

「ああ。」とクィレル先生が言う。 「そう思ってしまうところだね。 歴史上どこかに四重スパイが存在したのかどうかも、 そしてこれほど高い比率で真の反逆者や反逆者のふりをしている者がいる軍隊が存在したのかどうかも、さだかではない。 われわれはあらたな領域に足をふみいれつつある。そしてもはや、あともどりはできない。」

ドラコは防衛術教授室を去るとき、強く歯ぎしりをしていた。となりのグレンジャーは、もっといらだっていた。

「あんなのあんまりじゃない、ハリー!」

「ごめん。」と言いながらハリーはまったく申し訳なさそうではなかった。くちびるは陽気で邪悪な笑いのかたちをしている。 「でもこれはゲームだろう。司令官だけが謀略をさせてもらえるっていうのは変じゃないか? それに、きみたち二人になにができるのかな? 手をくんでぼくに立ちむかうとでも?」

ドラコはグレンジャーと視線をかわした。おたがい相手とおなじくらいかたい表情をしているのがわかっている。 ドラコは泥血の女の子と共同戦線をはることなどしない。ハリーはそのことをあてにしてきたが、だんだんあからさまに吹聴し、嘲笑するまでになった。こうやってつけこまれると、ドラコとしても嫌になってくる。 このままでは、いずれグレンジャーと同盟する羽目になる。そう考えてしまうくらい、ハリー・ポッターをたたきつぶして、一泡ふかせてやりたくなってきた。

 

34章「協調問題(その2)」

 模擬戦。裏切りに次ぐ裏切りでカオスに陥る。ハリーはヒールとなることで、ハーマイオニーとマルフォイの団結をまんまと成功させる。クィレル先生とハリーのスピーチ。

 

・クィレル先生のスピーチ。団結は強さである。

クィレル先生は子どもたち三人をおいて、演台にまっすぐ向かい、自分に注目する観客全体に語りかける姿勢をとった。 相手をつきはなして楽しむような態度をとることの多い先生だが、その態度が脱げ落ちる覆面のように消えた。つぎに口をひらいたとき、その声は一段と大きく増幅されていた。

「もしハリー・ポッターがいなければ、」クィレル先生の声は十二月の空気のように鮮明で冷たい。「勝つのは〈例の男〉だった。」

その一言には有無を言わせず全員を沈黙させる効果があった。

〔中略〕

演台にいるクィレル先生は前のめりになった。声がきびしさを増す。右手がのび、五本の指をひろげる。 「分断は弱さであり、」 右手がこぶしをかためる。「団結は強さだ。 〈闇の王〉は多くのあやまちをおかしたとしても、このことをよく理解していた。 理解していたからこそ、歴史上のほかのどの〈闇の王〉よりも徹底した恐怖をあたえるための、小さな発明をすることができた。 諸君の親世代が対決した〈闇の王〉一人と〈死食い人〉五十人は、完全に団結していた。忠誠をたがえた罰は死であり、無能なふるまいへの罰は苦痛であることがわかっていた。 一度あの〈紋章〉を受けとれば、だれひとりとして〈闇の王〉からのがれることはできなかった。 そして〈死食い人〉が〈闇の紋章〉を受けとったのは、分断された国とのたたかいに際して、自分たちは〈紋章〉のもとに団結できるとわかっていたからだ。 〈闇の紋章〉のおかげで、〈闇の王〉一人と〈死食い人〉五十人は一国の国民全体を打倒するまでになった。」

クィレル先生の声はかたく、冷たい。 「諸君の親たちは同じやりかたで反撃することもできた。しかし、しなかった。 ヤーミー・ウィブルという名の男が、全国で徴兵をはじめるよう、うったえた。しかし彼にも〈ブリテンの紋章〉のようなものを作る発想はなかった。 ヤーミー・ウィブルは自分の末路を知っていた。自分が死ぬことでみなを奮い立たせればと思っていた。 そこで〈闇の王〉は念をいれて彼の家族を殺した。のこされたからっぽの皮膚を見て、みな奮い立ちはせず、ただ恐怖し、反抗の声はなくなった。 これだけ見下げはてた臆病者が諸君の親たちだ。彼らには、自業自得の運命が待っていたはずだった。なのに、一歳の男の子に救われてしまった。」 クィレル先生は軽蔑に満ちた表情をした。 「彼らはあのように救われる資格などなかった。劇作家ならば〈機械仕掛けの神〉とでも呼ぶところだ。 〈名前を呼んではいけない例の男〉は勝利にあたいしなかったかもしれない。しかし諸君の親世代は敗北にあたいした。」

〈防衛術〉教授の声は鉄のように鳴りひびいた。 「特筆すべきは、諸君の親たちがなにも学んでいない、ということだ! この国は分断され、弱いままではないか! グリンデルヴァルドから〈例の男〉までに何年の猶予があった? 諸君は自分が死ぬまでにつぎの脅威がくることはないと思っているか? そのときが来たら、これほど分かりやすい今日の試合結果の教訓を忘れて、親たちの失敗をくりかえすのか? つぎの闇の時代が来たとき諸君の親たちがなにをするかは、聞くまでもない! 彼らがなにを学んできたかといえば、 身を隠し、恐怖におびえながらなにもせず、ハリー・ポッターに救われるのを待つことだけだ!」

 

・クィレル先生に反論するようにしてハリーもスピーチ。順応もまた危険である。クディッチ批判。

ハリー・ポッターの視線がダンブルドアのほうに向けられた。一瞬思案するような表情だった。 「クィレル先生、あなたの説がまちがっているとは言いません。 前回の戦争では、みんながちからを合わせることができず、わずか数十人の攻撃で国全体が陥落しかけた。たしかになさけないことです。 おなじあやまちをくりかえすことがあれば、もっとなさけないことです。 でもおなじ戦争は二度と起こらない。 問題は、敵もかしこくなることができるということです。 集団を分断すればある面で脆弱になりますが、団結させればまた別のリスクや代償が発生します。敵もそこを突いてくるでしょう。 おなじレヴェルでゲームを考えてばかりいてはだめなんです。」

「単純さにも、もっと見どころがあるということを分かってほしいものだ。自軍を団結させるという単純な方法をとらず、ずっと複雑な戦略を使ってしまえば、どんな危険につながるか。今日の戦闘できみもそのことを学んでいてくれればいいのだが。ところでここまでの話が願いごとに関係しない話だったとしたら、わたしは腹をたてるぞ。」

「たしかに、団結することの危険性を知らしめるような願いごとはそう簡単には思いつきません。 でも一体となって行動することの危険性は戦争だけではなく、日常生活で遭遇する問題にも関係します。 だれもがおなじ規則にしたがっていて、その規則がくだらない規則だったら、どうなりますか。だれか一人がやりかたを変えれば、ただ規則違反と言われます。 でも全員がやりかたを変えれば、とがめられない。 まったくおなじことが、全員を一体にして行動させる場合の問題についても言えます。 最初に声をあげる人にとっては、集団全体が敵のように見えてしまう。 けれど、団結してさえいればそれでいいとばかり考えてしまっていては、どんなくだらないルールのゲームも変革することはできません。 そこでぼくの願いはこうです。人がまちがった方向に団結したときにどういう失敗が起きるかの象徴として、ホグウォーツでクィディッチをするときは、スニッチを使うのをやめてほしい。」

はああ?」と百人以上の叫び声が群衆から聞こえた。ドラコは口をぽかんとあけた。

「スニッチなんてものがあるから、あれはゲームにならないんだ。ほかの選手がなにをしても意味がなくなってしまう。 時計を買って使うだけで、ずっとまともになる。 こういう最低にくだらないルールは、子どものころからの慣れでやっていると気づかないものなんです。みんながそうしているから、だれもうたがわないだけで——」

そこまで言った時点で、ハリー・ポッターの声は暴動にかきけされた。

 このように、誰かがもっともらしい話をすると、別の誰かがそれに反論するという場面はよく出てくる。

 

35章「協調問題(その3)」

 団結と順応に関してクィレル先生とハリーの議論。一連の謀略の裏にダンブルドアがいることが分かる(が、それすらも部分的に嘘であることが分かる)。

 

36章「格差」

 マグル世界の養父母の実家へ帰省。ハーマイオニー家に家族でお呼ばれ。ハーマイオニーの才能を認めないグレンジャー夫妻にハリーが吠える。

 

・グレンジャー夫妻に怒るハリー。ハーマイオニーとハリーのイチャイチャ。

「パパ、心配ないよ。 ハーマイオニーはいまは好きなだけ高度な教材を使わせてもらってる。 彼女がどれだけかしこいかが、ホグウォーツの教師陣には分かっている。この人たちとはちがって!

最後の部分でハリーは声をあらげた。全員がハリーのほうに顔をむけ、ハーマイオニーはまた蹴りをいれている。暴言をしてしまったのはわかっているが、それでももう我慢できない。こんなのは我慢できない。

「わたしたちだって、もちろん分かっているとも。」とレオ・グレンジャーがむっとした様子で言った。この家の晩餐で声をあらげるとはいい度胸だ、とでも言いたげだ。

「いいえ、ちっともわかってない。」  ハリーの声に冷たさが混じってきた。 「たくさん読書をしていてえらい、とでも思っているんでしょう? 満点の成績表を見せられて、この子は学校でしっかりやっているな、とでも言うんでしょう。 彼女はぼくらの世代で一番才能がある魔女で、ホグウォーツ期待の星なんです。両ドクター、あなたがた二人が歴史にのこることがあるとすれば、彼女の親だという肩書きだけですよ!」

すでに静かに席を立ってテーブルをまわりこんできていたハーマイオニーは、このタイミングでハリーのシャツの肩をつかんで椅子から引きずりだした。 ハリーは抵抗こそしなかったが、引きずられていくあいだ、さらに声をはりあげた。 「……それどころか、一千年後の世界では、ハーマイオニー・グレンジャーの両親が歯医者だったということだけが歯科学について知られるすべてになっていたとしても、まったく不思議ではありません!」

〔中略〕

ハリーはハーマイオニーからきびしくしかられることになると思っていた。

だが地下室への階段に二人を入れてから扉を閉め、こちらをふりむいたハーマイオニーは——

——笑顔だった。見るかぎり、裏のない笑みだ。

「ハリー、あれはもうやめて。」とハーマイオニーがおだやかに言う。「言ってくれるのはうれしいけど。なにも心配いらないから。」

ハリーはあっけにとられて彼女を見た。 「あれを我慢できるっていうの?」  親たちにきかれないようにと声をおさえたものの、音量はともかく高さはあがってしまった。 「あれを我慢できるっていうの?」

ハーマイオニーは肩をすくめてから言った。「だって親ってああいうものじゃない?」

「ちがう。」  ハリーは小声にちからをこめた。 「うちのお父さんは、ぜったいぼくをバカにしない——いや、するんだけど、あんな風にはしない——」

ハーマイオニーは指を一本たてた。どう言いあらわせばいいか、あれこれ考えているようだった。しばらくしてから彼女は口をひらいた。 「ハリー……。マクゴナガル先生とフリトウィック先生は、わたしがこの世代で一番才能がある魔女で、ホグウォーツ期待の星だから気にいってくれている。 ママとパパはそのことを知らないし、伝えてあげることもできないけれど、それでもわたしを愛してくれる。 つまりホグウォーツにもこの家にも、なにも問題はないっていうこと。 そしてこれはわたしの両親のことだから、あなたに発言権はありません。」  彼女は夕食の場でとおなじ謎めいた笑みをして、やさしげにハリーを見た。 「おわかりですか? ミスター・ポッター。」

ハリーはこくりとうなづいた。

「よろしい。」と言ってハーマイオニーは顔をちかづけて、彼のほおにキスをした。

〔中略〕

やっと四人の会話が再開したところで、遠くから甲高い叫び声がきこえてきた。

「待って! キスはなし!」

男性陣は思わず笑いだしたが、女性陣は二人ともまったくおなじ愕然とした表情で席を立ち、地下室へむけて駆けだした。

 ハリーとハーマイオニーのイチャイチャシーンはいろいろあるが、ここはかなり好きなところ。

 

37章「幕間——境界を越える」

 マグル世界のハリーの家にこっそりやって来たクィレル先生。クリスマスプレゼントとして、魔法で星々の光景を見せてくれる。

 

 

Grokで作成

*1:LessWrongというブログ/掲示板の設立者で、AI研究者としても有名。効果的利他主義の文脈でも名前が出てきたりする。LessWrongは新反動主義との関係でも有名。

*2:傍点強調は本記事では太字強調に変えるなどしている。ルビ振りは編集がややめんどくさいので、削除したら意味不明になるところだけは振って、不要と思ったところは削除している。太字強調はそのまま太字、斜体もそのまま斜体、蛇語の特殊な強調は標準の書式にしている。